ナポリを見たら死ぬ

南イタリア、ナポリ東洋大学の留学記。なお実際にはナポリを見ても死ぬことはありません。

イタリア地理の最終試験の口頭試問でどもりまくってきた

27点だったとんでもないバカだと思われるかもしれないが、イタリアの大学の試験は30点満点なのでそこそこ悪くない点数だ。ここ数週間、この地理の試験のために散々振り回されていたから、これでようやく肩の荷が下りた。でも口頭試問は心臓に悪い。

科目にもよるが、イタリアの大学の試験は基本的に口頭試問で行われる。まあ、面接のようなものだ。教授に呼ばれ次第、その面前に座って、与えられた質問に答えていく。最悪だ。どう考えても最悪だ。口頭試問という形式だけでも極めて不安を煽り立てるのに、おまけに僕などは外国語でやらねばならないのだから緊張感は尋常ではない。加えて今回が口頭試問デビューだった僕の心境はお察し頂きたい。もちろん、外国人だけでなく現地人学生にとっても口頭試問は鬼門だ。「前に呼ばれた学生が泣きながら戻ってきた」とか、「答えられなさすぎて教授に詰め寄られた」とか、恐ろしい噂話にも事欠かない。

実際、今日の口頭試問もひどいものだった。そもそも学生が50人はいるのに、試験官が教授とそしてアシスタントの合計2人しかいない。1人あたり少なくとも15分はかかるから、単純計算でも最低6時間はかかる。しかも、途中で休憩を挟んだり教授がどこかに消えたりするものだから余計に時間がかかる。僕自身、呼び出されたのは試験開始から5時間半経った頃だった。それでも、僕のあとに20人近くが残っていた。効率が悪すぎる。せめて学生をグループ分けして別の試験日を設定するとか、何かしらの知恵を見せてほしい。

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さらに悪いことに、今日の口頭試問は大教室で行われた。後ろでほかの学生が待っているなか、口頭試問を受けなければならない。つまり、場合によっては公開処刑となる。実際、僕が待っている間にも、先に呼ばれた留学生が教授になじられるのが聞こえてきた。「いや、それじゃさっきと言っていることが一緒じゃないですか?!」「わかりますよ、言葉の問題があるのはわかります。ですがそれとは別問題ですよ、これは」「学部の勉強だったらそれでもいいですけど、修士なんですからねぇ・・・」等々。面と向かって非難されている本人のみならず周囲まで凍りつく。勘弁してくれ。

そして学生が一人ずつ試験を終えるたびに、皆でどんな塩梅だったか質問攻めにするのだが、先に行った留学生から恐ろしい返事が帰ってきた。「何もかも根掘り葉掘り聞かれた」というのである。嘘だろ?というのも、年明けに教授に試験へのアドバイスを求めに行ったところ、「留学生は授業で扱ったものの中から一つ好きなテーマを選んでも良い」という回答を得ていたからだ。もちろん授業で扱ったことについて全体的かつ一般的に知っている必要はあるが、深めるものを一つ選んでこい、という話だったはずなのに、何もかも全部根掘り葉掘り聞く。だまし討ち以外のなんでもない。僕の緊張感はますます高まっていく。

試験開始から5時間半後、ようやく僕の順番が回ってくる。この時点で僕はもう憔悴しきっている。ありえないくらい待たされた上に、公開処刑やだまし討ちによる緊張感のせいだ。ともかく、僕は教授の前に腰を下ろし、試験が始まる。

イタリアの『州』について話してください

「えっ・・・んーーああ・・・・・・」この時点で死を覚悟する。「ま、州というのは、ぎょ、ぎょ、ぎょ、行政区分の一つで、国家の下かつ県の上に位置するものです。イタリア統一直後には州を作ろうということがすでに考えられていて、考えていたのは、ルイージ・・・ルイージ・・・ルイージ・・・すみません覚えていません」。全然考えがまとまらない上に、教授の「何を言っているんだ、こいつは」という突き刺すような視線に耐えきれず素直に白状する。そもそも僕がまともにやったのはツーリズムについてだから州について詳細の詳細までは覚えていない。

「いずれにせよ、行政区分としては統一直後には考えられていたものの、実際に作られることはなく、区分、ぎょ、く、、、区分、行政区分として!!!成立するのは、戦争・・・、、、第二次大戦後、でした、はい!憲法第五条によって1948年に制定されますが、実際に行政、行政区分として成立したのは70年代でした、共和国憲法第五条によって!」教授が怪訝な顔をしている。何か間違ったことを言ったか?ええい、ままよ。

結局、そんな調子で、知っていることをどもりながら適当に言い放ち、教授から冷たい視線を浴びせられるということを繰り返していたら、教授が口を開く。

「27点」。

「えっ!?」

「よろしいですか」。

「いや、もっと低いかと思っていました」。

「そんなことはありませんよ、イタリア語もよろしいし」。意外と寛大だった。それなら無駄に緊張感を煽るような視線を送らないでくれればよかったのに。

滞在許可証の申請で疲れ果てた

 

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 滞在許可証の発行申請は郵便局から行うのだが、昨年9月半ばに申請をしてから4ヶ月、ついに移民局への出頭日がやってきた。

指定されていた時間は11時半だったのだが、余裕を持って少し早めに行ったところ11時についてしまった。まあ、早く来た分には良いだろうと思ったが、ここで重大な事実が判明する。なんと予約時間には何の意味もないのだ。結局、移民局の入り口で整理券を受け取り、自分の番号を待たなければならない。ぼくは99人待ちだった。この時点でもうすでに帰りたくなる。

待てど暮らせどなかなか順番は回ってこない。1時間に30人ちょっとしか進まないので、「まあ14時くらいには・・・」などと計算しては絶望していた。3時間近くがたち、ようやくぼくの順番が回ってこようかというタイミングで、「一旦締めますから皆さん外に出てください!!」などと係員が言い出した。お昼休憩である。そんなわけで待合室にいた全員が外に追い出され、ぼくは40分ほども余計に外で待つことになってしまった。

お昼休憩が終わると、ようやく順番が回ってきた。ぼくは窓口へと向かい、用意していた申請書類を提出する。係員がぼくの書類をチェックしていく。デュエルスタンバイ!さっそく、係員は「これ、原本ですけどコピーが必要なんですよ」などとわけのわからないことを言い出す。なんでも、召喚状には原本が必要とはっきり書かれていた大学の入学書類と保険書類はコピーが必要なのだそうだ。一体コピーが必要だなんてどこに書いてあったんだろうな?ともかく、たまたまコピーを取っていたのでそれを差し出す。すると今度は、「この保険、期限が去年の8月ですけど・・・」などと言う。よく見ると、それは保険の期限ではなく領収書の発行日である。「いや、それは領収書の日付で、期限はこっちですよ」と正しい日付を示すと納得してもらえた。このあたりからぼくの緊張感が高まってくる。こいつ、やばいぞ。いちいちケチをつけてくるタイプの係員だ。たのむ、どうにか上手く行ってくれ・・・!そんなぼくの思いをよそに係員は斜め上を行く「住居の証明書類はありますか?契約書類でも受け入れ承諾書でも、何かしらの」。は?いや、持ってるわけねえだろ!「いや、ないですよ!そんな書類が必要だなんてどこにも書いてないじゃないですか!」「でもね、我々としては必要なんですよ」「いや、だから!ウェブサイトにも召喚状にも必要書類として記載されてないじゃないですか!一体なんの根拠があってそんなものを要求するんですか!」「必要なんですよ」。埒が明かない。絶望的な気持ちで念の為持ってきた書類を確認してみると、あった。コピーが一部だけ。「これでいいですか!?」半ばキレ気味で書類を差し出す。「構いません。ただ、コピーがもう一部必要です」。こいつはバカか?「いや、コピーなんてないですよ」「じゃあコピーしてきてください」「どこで!?」「外でもどこでも」。ぼくのイライラは頂点に達する。「あのねぇ、そもそも必要書類として知らされてないんだから、コピーなんてあるわけないでしょ。一体どんな根拠で書類が必要なんですか!?」「だから、必要なんですよ」。もう堂々巡りになっている。しかし外でコピーをしてこいなどと言われてもどこにコピー屋があるかもわからない。一方で書類を出さないことにはこの石頭を納得させることはできない。「・・・じゃあせめて、書類のコピーくらい中でやってくれませんか」「いいですけど、多すぎるから一部しかコピーしませんよ」。初めからそうしろよ。おまけに多すぎるって言ってもせいぜい10枚だぞ!どんだけ怠けてやがる。ところが係員はさらに一歩踏み込む。「それとも、ほかにコピーをお持ちなら、これをそのまま出してもらっても構いませんよ」。言われてみればそれもそうだな。たしかにぼくはPDFのデータを持っているからこれを渡したところで困らない。でも、君どんだけ立ち上がってコピーしたくないの?ともかく、ようやく窓口の係員とのデュエルが終わる。次は指紋の採取だ。そのうち呼ばれるから、別室で待っていろと案内される。

そしていつまで経っても呼ばれない。おお、もう・・・。石頭のくそ係員とのデュエルから1時間、この時点で合計5時間近くを移民局で過ごしている。もう帰りたい。おまけに、配達を明日に指定したAmazonの宅配がなぜかぼくの家の前まで来ているらしい。配達員から電話があり、「誰もいないんですか?」などと言う。そりゃあ配達指定日は明日だからな。いるわけねえだろ!

そうこうしているうちに、ようやく、指紋採取のために呼び出される。ぼくと、アジア系の女性が二人同時だ。指紋採取を担当する係員がぼくらの名前を確認したあと、ぼくに向かって言う。「この中国人、本当に何もわかってないから、彼女を先にやるよ」。ひどい言い草に思わず苦笑いしてしまう。いや、たしかにその中国人女性はイタリア語がわからないようで、通訳を介して会話していたが、そこまで言う?まあ、唯一気になったのは、その女性が最近流行りの電動キックボードを乗り回していたこと。移民局の中で。さすがに自由過ぎる。

彼女の指紋採取が終わり、ぼくの順番がやってくる。指紋だけではなく、身体的な特徴も記録する必要があるらしく、係員が何やらパソコンに打ち込んでいる。係員が無言で入力するのを黙って見続けること数分、「君、身長いくつ?177cmかな」。あまりにも唐突な質問のうえ、大きく身長を読み違えている。実際にはギリギリ170cmなのに。「いや、もっと低いですよ」「175cmか?まあいいだろう」。いいのか。

結局、指紋を全部取られてようやく手続きが終わった。このあと、40日以内には滞在許可証が発行されて受け取れる、というのが一応の規定だが、もちろんそんなに上手くはいかないのだろう。ぼくとしては、許可証の期限である7月までに受け取れるかどうか怪しんでいる次第である。

イタリア古典文学の教授に会ってきた

 

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 先日、イタリア古典文学のC教授のもとへ行ってきた。12月初頭に受けた筆記試験の結果を知る必要があったからだ。

たぶんイタリアの大学はどこもそうなのだろうと思うが、オリエンターレことナポリ東洋大学では教授ごとに面会時間というものが指定されている。たいてい、週に一度2時間程度が設定されていて、その時間に指定の研究室へ行けば教授に会ってお話ができるというシステムだ。

C教授は授業中たびたび、「よかったら皆さんお話にきてくださいね」「特に留学生の皆さんはわからないことも多いでしょうから」などと積極的に顔をあわせることを要求してきていた。というか、C教授はとにかくフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを取りたがる。フルタイムで働いているので授業に出席できない学生が、事情を伝えてメールで質問をしたところ、「ぜひ会ってお話しましょう」などと言われたというのである。いや、フルタイムで働いてるんだから無理だって言ってんだろ。

そんなわけで、意地でも面と向かって話がしたいC教授と、どうしてもテストの結果を確認しなければならない僕との間で初めて利害が一致したため、僕は指定の時間に研究室へと足を運んだ。

研究室に入ると教授はいきなり不機嫌な様子である。「テストの結果を見せていただきたいのですが・・・」と要件を伝えると、「構いませんが、事前にメールで連絡してくださいね」などと言われてしまった。基本的に面会時間というのはアポなしで行って構わないもののはずなのだが。散々会いに来いと言っていたくせにいざ会いに行くと文句を垂れる。めちゃくちゃすぎる。

ともかく、僕の筆記試験の結果を聞いてみると、ありがたいことに30 e lodeだった。イタリアの大学の成績は30点満点で、よくできている場合にはさらにlodeがつく。lodeとは「賛辞」の意味だが、要するに優秀ということだ。まあ、留学生だから下駄を履かせてもらったおかげみたいなところもあるので、満点なんてもらってもいいのかあまり自信がないが、ともかくこれで口頭試験が免除になった。ありがとうC教授。

さて、無事満点が確認できたのでさっさと帰ろうと思うのだが、C教授が僕を足止めする。「授業のどんなところがよかったか聞いてみましょうか」などと僕に質問してくる。ぶっちゃけ、教授の話、脱線しすぎでしばしば意味不明だったんだよな、などと思いつつ僕は適当に答える。「そうですね、ダンテの『神曲』が彼の他の作品とどのように結びついているか、というのは興味深く学ばせていただきました」などと言ってみるのだが、教授は明らかにうつむいてスマホでメッセージを書いている。お前、話がしたいってあれだけ言っといて人の話を聞かねえのかよ!僕の発言が終わると一瞬の沈黙があり、なんだかぎこちない形で適当に話を切り上げられてお別れとなる。点数をくれたのは感謝するけれど、教授の態度おかしすぎるぞ。

日本の大学職員は決して無能でもなければクソでもない

ナポリ東洋大学に入学してまる三ヶ月になろうかという今ごろになって、ぼくはようやく学生証とメールアドレスを入手した。

もともと、学生証もアドレスも年明けに発行される予定だった。なぜそんなに時間がかかるのかこの時点でだいぶ意味がわからないのだが、ともかく、1月になって発行準備が完了次第、学生にはメールで連絡が入るということになっていた。ところが、先日になって学生証がすでに配布され始めていることが判明した。え?メールで連絡されるんじゃなかったの?ますます意味がわからない。

なんでも、ぼくのクラスメイトが別の用事で学生課に行った折に、学生証の発行について「年明けのいつ頃になりますか」と聞いたら、なんとその場ですぐに発行してもらったというのである。クラスメイトが驚いて「メールで連絡されるのかと思ってました」と言うと、「メールでの連絡なんてしないし、もう発行できるから受け取りたければ来ればいい」などとぶっきらぼうに言われたという。一体どうなっているんだ。ぼくが自分自身で学生課へ行って聞いたときにも、たしかに年明けにメールで連絡すると言われたのに。何もかも矛盾している。せめて学生に向けてたった一本メールを入れるだけのこともできないのだろうか?

ともかく、学生証がもらえるという情報を得たぼくは、クリスマス休暇に突入する前にあわてて学生課へ行ってきたわけである。年末年始に旅行するにあたって、色々なところで学生割引の恩恵に与るために、学生証が必要なのだ。そして、受付で「学生証がほしい」と伝えると、あっさりと発行された。ついでに、「もしかして大学のメールアドレスももう発行してもらえたりしますか」と聞いてみると、これもあっさりと発行された。おお、もう・・・。手に入れたメールアカウントにアクセスしてみると、受信箱には大学からの連絡がすでにいくつか届いていた。どれもたいした連絡ではないからいいのだが、もしも重要な連絡だったらどうなっていたのだろう。

大学のメールアドレスはOffice 365を使うために必要だった。大学のアドレスがあると、WordやExcelが無料で使えるのだ。さっそく、手に入れたアドレスでOffice 365のサイトから学生向けのサブスクリプションに登録しようとすると、メールアドレスに確認コードを送信したからそれを見ろ、というような案内が表示される。もちろん確認コードは届いていない。何度か登録をやり直してみたり、時間をおいてみたり、確認コードを再送信してもらったりしてみたものの、やはり届かない。たぶんスパム扱いか何かで大学側で弾いているんだろう。残念ながらOffice 365は使えない。本当にひどい

日本の大学生は「学生課はクソ、無能」などと言う。ぼくの通っていた某大学でもそう言われていたし、ぼく自身も少なからずそう思っていた節がある。今になって反省している。日本の大学職員は決して無能でもなければクソでもない。なぜなら、思えば学生証は入学と同時に配布されたし、メールアドレスもすぐに使えたし、Office 365の確認コードもしっかり届いたから。彼らはナポリ東洋大学の職員に比べたらすでに神の域に達している。無能だクソだなんだと罵ってはいけない。日本の大学生よ、謙虚であれ。

ホームステイ先のマンマが浮気して夫婦仲が崩壊したけどニートの長男が繋ぎ止めている話

 

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 かつてぼくがローマにホームステイしていたとき、ステイ先の家族は長男はニートであったが、それでも当初は幸せな家庭だった。

夫ファビオ、妻エレナはともに60歳手前、すでに長く連れ添っていながらも夫婦仲は愛に溢れていた。ファビオは仕事柄、月の半分ほど出張で留守になるのだが、出発の際には「愛してるよ」などと言い別れのキスをして仕事に向かうのだった。もうすぐ還暦を迎えようかという夫婦が行ってらっしゃいのキスなんてしないでしょ。ローマに着いて間もないぼくは、イタリア人夫婦の愛の絆に心打たれたものである。

ところがあるときから様子がおかしくなり始める。エレナが一言でも声を発すると、即座にファビオが「うるせえ!」「静かにしろ!」などと声を荒げるようになったのである。行ってらっしゃいのキスはなくなり、ただのDVが行われるようになった。さすがに身体的な暴力が振るわれることはなかったが、言葉の暴力でもDVはDVだ。

たしかにエレナにしても、しょっちゅうローマ弁でブツブツと独り言を呟いており、うるさいかうるさくないかで言えばたしかにうるさかった。ほんのちょっとでも小雨が降れば「ま〜た大洪水ね、もううんざり」などと嘆き始めたりするなど、いちいち大げさなところもあった。とはいえそれはそれで面白いものだっただけに、ある頃から「黙れ!!」「おれは静かに死にたいんだ・・・」などとファビオがキレたり嘆いたりするようになったのは全くもって謎であった。おまけに、エレナが外出先からファビオに電話すると、「電話かけてくんな!!」などと言ってすぐに切ってしまうのである。大事な用だったらどうするんだろう。ひどすぎる。まあ、エレナはとりあえず声を聞くためだけに電話するみたいなところもあったけど。ともかく、話題が話題だけに、ぼくも割り込んで余計な面倒を起こせない。

しかし、しばらくそのような状態が続いたあとで突然その真相が明かされる。あるとき、ぼくはファビオとともに海へ行ったのである。その帰り道、ファビオが運転する車で彼は友人と電話し始めた。細かいことだけど運転中に携帯で話すのはだめだからね?ともかく、その電話中にエレナのことが話題に上がる。「あいつ、フェイスブックの猫の飼い主グループで知り合った男のところに行きやがったんだ」。え?もしかして浮気?「それで、そんな気はなかったって言ってたけど、その男とキスしたらしい」。エレナの浮気かよ。何やってんだ。妻の浮気でファビオは深く傷ついてしまったんだろう、夫婦仲は崩壊してしまった。でも暴言はだめ。

それでも二人は深いところでは繋がっていると見受けられることがあった。それはニートの長男の話をするときである。エレナは長男の行く末にはかなり楽観的で、「あの子は英語もできるし、やろうと思えばすぐに仕事も見つかるでしょ」というスタンスなのだが、ファビオは「あいつは大学にも行ってない、もう五年も何もしてない。どうするんだ」などとそこそこ心配しており、ときどきその不安を口にするのである。そのときだけは夫婦間にまともな会話が持たれる。ニートの長男が彼らを繋ぎ止める絆なのである。逆に言えば、彼が自立したら二人の間はもう持たないかも知れない。長男よ、このままニートを続けてくれ。