ナポリを見たら死ぬ

南イタリア、ナポリ東洋大学の留学記。なお実際にはナポリを見ても死ぬことはありません。

イタリア大使館訪問ルポ

大使館領事部の入口にはインターフォンがあって、ベルを鳴らすと中の警備員が来訪者を確認して解錠する仕組みになっている。
ところが3度鳴らしても応答がない。そういえば日曜日がイタリア共和国記念日だったからもしかしてその振替休日か、と不安になるが今日はもう火曜日だ。困ったので少し離れたところにある、ビザセクションの入口に行ってみる。今度は応答があったので、「等価証明の手続きできたんですがこちらでいいですか?」と聞くと、日本語がわからないらしく、「ヴィーザ?」とイタリア語で返される。しょうがないので同じことをイタリア語で言い直すと、「左のほうにある領事部の入口に行ってください」と案内される。イタリア語がわからなければここで詰んでしまうではないか、というか領事部の入口のインターフォンはすでに3度鳴らしたのだが、などと呆れつつ案内に従うと、ようやく領事部のドアが解錠された。
中へ入ると先ほど応対してくれたらしき警備員がおり、パスポートを出せと言う。同時に、金属探知機のゲートをくぐらされる。当然のように全てイタリア語だし、探知機はピーピーわめきたてる。「スマホやコンピューターなどはそこのロッカーに閉まってください。」と言われるのでそうするが、もしもイタリア語がわからなかったらどうなるのだろうかと思う。探知機に引っかからないよう念の為、家の鍵もロッカーにしまって、再びゲートをくぐるとまたしても探知機ががなりたてる。ベルトのせいだな、と来訪者リストらしき書類に記入している警備員を脇目に思う。外すのはめんどうだから、何か言われたら見せて説明しよう。ところが警備員は何も言わない。すると、後ろのドアが開いてイタリア人家族らしき4人連れが入ってきて、ブォンジョルノと軽快に挨拶するとゲートの脇をすり抜けてぞろぞろと領事部の中へ消えていく。警備員は何も言わない。4人も対応するのは大変だからしょうがない。
結局何も問われることなく、僕はようやく警備員に玄関ホールへ通される。「奥に見えるあの扉の部屋へ入ってどうぞ座っていてください。呼ばれるまでお待ちください。」と丁寧に案内してもらって感謝しながらも、やはりイタリア語がわからなければ何が起きているのか全くわからないじゃないかと呆れる。
案内された部屋に入ると、右側にガラスで区切られた窓口があり、中では職員が2人、無愛想な顔つきで作業をしている。呼ばれるまで待たなければならないことがわからないで話しかけてしまうと、不機嫌そうに待っていろと言われることになるのだろう。幸い流れを理解している僕は、窓口の向かいに置かれたソファに腰掛ける。脇には待ち時間を有意義に過ごすための雑誌やら冊子やらが机の上に無造作に積まれているが、どれもイタリア語なのでわからなければ無意味な時間を過ごすことになる。
机の上には何のためかわからないノートも広げられていて、丁寧にボールペンまで置かれている。自由帳だろうか、あるいは利用者が領事部に意見を伝えるためのものだろうか。仮にそうだとすると決して読まれることはないのだろう。見開きになっているページに、署名付きのイタリア語で何やら書かれているので暇潰しに目を通してみる。
「みなさんに、領事部についてから、窓口で話をするまでに5時間かかることをお知らせします。また、私の用件は5分で完了したこともあわせてお伝えします。 2019年5月22日 アルベルト・シチリアーナ
このやろう、そんなことはお知らせされなくたって誰でも知っている。丁寧に署名までついているから汚い字を読んでやったのに、くだらないことを書くんじゃない。僕は内心怒りつつ窓口に向き直ると、ちょうど職員から日本語で呼ばれた。信じられない早さで呼ばれたぞ、助かった。しかも日本語でいいようだ。
「こんにちは、留学のため等価証明の手続きで来たのですが、お願いできますか。」言いながら渡した書類を職員が確認する。
「この、写真証明と大学院の出願書類はこちらで手続きしますが……。イタリア文化会館オリエンテーションには行きましたか?大学の卒業証明書と成績証明書は、宣誓翻訳者を通じて等価証明することになっているはずですが。」
「そんな、卒業証明書も成績証明書も翻訳のまえに、ここで等価証明をもらうようにオリエンテーションで案内されましたよ。」
「違います。翻訳してもらってから、翻訳者経由で出してください。」
はっきりと否定されたので僕は自信を失ってしまう。スマホがあれば案内資料を確認できるのだが、スマホは入口のロッカーの中だ。このままでは埒があかない、しょうがない、諦めよう。
「わかりました、そうします。では残りの書類について証明をお願いします。」
「おかけになってお待ちください。」 そうして、窓口の中で作業する職員を待ちながら、僕は不安を感じ始める。たしかに文化会館では先に等価証明をもらうように言われたと思うのだがどうしようか。しかし領事部が言うくらいだから、何かあれば文化会館には領事部の言い分を伝えればいいだろう。最悪、翻訳より先に証明が必要なら、手数料はかかるかもしれないが宣誓翻訳者に手続きを代行してもらえばいいだろう。またここまで来るのはあまりにも面倒だ。

半時間ほどすると、ようやく書類ができあがる。まあ、イタリア関係の手続きにしては早いほうじゃないか。最低でもあと2回はここに来なければならないのが億劫だが。
僕は職員に謝意を告げて部屋を出て、入口のロッカーから持ち物を回収する。念の為、スマホで文化会館からの案内書類を確認すると、やはり翻訳より先に等価証明をもらうことになっている。窓口によって言うことがコロコロと変わる、じつにイタリアらしい。と、イタリア人らしき夫婦がドアを開けて入ってきて、またしても探知機の脇をすり抜けて軽快に玄関ホールへ通っていく。そもそも警備員がいない。
僕はあえてもう一度探知機のゲートをくぐって機械音を鳴らして外へ出た。