ナポリを見たら死ぬ

南イタリア、ナポリ東洋大学の留学記。なお実際にはナポリを見ても死ぬことはありません。

本屋

昨日、本屋に立ち寄った。僕は本の虫というほとではないが、まあそこそこ読書を習慣にしているので、イタリアに着いて早くも活字が恋しくなったわけだ。

手にとったのは、ユルスナールの『とどめの一撃』と、タブッキの『インド夜想曲』だ。前者は邦訳を読んだことがあるし、蔵書はそのうち日本から送ってもらうつもりなのだが、たまたま目に入ったので買ってしまった。イタリア語で読めば勉強にもなるから。

タブッキのほうは、出国直前まで日本語訳で読んでいたのに、うっかり荷物に詰めるのを忘れてしまったので、続きが読みたかったのだ。本屋に立ち寄ったのもこれが理由だった。

 

そんなわけでこれらのレジに持っていくと、レジのおばさんがタブッキを見て、「この本はいいですよ〜」などと話しかけてくる。めんどうなことになりそうなので僕は微笑するだけに留める。ところが支払いのためにカードを差し出すと、券面に書かれている漢字を見て、「あなたどこから来たの?」から始まり、「東京なの?日本の作家で誰が好き?」などと質問攻めにされてしまった。

正直に言って僕は困ってしまった。日本の作家でこれといったお気に入りがいないのだ。外国の作家なら枚挙に暇がないのに。ユルスナールが日本の作家だったら困らなかったのに。

外国かぶれだからあまり日本の作家を読もうとしない罰があたった。日本の作家で一番読んだのは筒井康隆だろうが、まあイタリアで知られているわけもないし、説明するのも難だ。『生まれ出づる悩み』は好きだけど、有島武郎はそれしか知らない。漱石、太宰、芥川……ところでなぜ『人間失格』はなぜメンヘラを引き寄せるのだろう?森鴎外は?あいつは駄目だ、『舞姫』は酷すぎる。留学先で彼女を妊娠させておいて逃げ出した言い訳を未練がましくたらたら書き連ねた下衆だ。村上春樹はイタリアでも有名だか全く好きではない。大江健三郎なんてやつもいたな……イタリアでは知られているんだろうか?啄木は「働けど働けど」などと詠いつつわりと遊んでいたのがウケるがそれはまた別の話だ。

 

そんなことを考えていて答えに窮したのだが、結局面倒くさくなって適当に「芥川」と答えてしまった。すると、レジの順番待ちで後ろに並んでいたおじさんが会話を聞いていて、「羅生門!」などと割り込んでくるし、レジのおばさんは「芥川ね〜」などと言い出してさらに語り続けようとするし、収拾がつかなくなりそうなので僕は「羅生門はすごいですよね!ありがとう、それじゃあまた!」と言って逃げ出した。