ナポリを見たら死ぬ

南イタリア、ナポリ東洋大学の留学記。なお実際にはナポリを見ても死ぬことはありません。

ホームステイ先のニートの長男がカレー好きだった話

いま、ぼくはナポリで大学に通いつつ一人暮らしをしているわけだが、かつて、ローマに留学したことがある。

ローマではイタリア人家族の家にホームステイをしていた。ぼくにとってはとても良い家族で、今でもときどき連絡をとっている。ただ、ぼくの滞在中にマンマが浮気未遂(完遂説もある)をやらかし、夫との間に亀裂が入るなど、必ずしも家庭円満とは行っていない面もあった。おまけに長男君はニートだった。

長男のマリオ(仮名)は高校卒業後、仕事をするわけでもなく学校に通うわけでもなく、ただただ家に引きこもって怠惰な生活を送っていた。当時、すでにニート歴5年ほどで、24歳かそこらだったと思う。ただ、マリオは決して悪いニートではなかった。とても優しく、思いやりもあるし、気配りもできる。いわゆる好青年である。引きこもりのニートというと、家庭内暴力をしてみたり、性格の荒んだ存在であるかのような悪いイメージがあるかもしれないが、マリオは絶対にそんなことはなかった。親も親でニートのマリオに絶大な愛情を注いでおり、「マリオは英語もできるし、そのうちなんか仕事も見つかるでしょ。好きなようにやればいいのよ」とマンマはよく言っていた。その甘やかしが良くないような気がするのだが、ともかく、マリオと家族、ぼくとの関係は良好だった。

マリオは部屋に引きこもりがちだったのでその生態はいまもって謎だが、夜中にネットゲームをやっていたことだけは判明している。そのため昼間は寝るという昼夜逆転生活を送っており、食事は時間も合わないので部屋の前にマンマが配膳するというシステムが取られていた。そして誰も知らないうちに部屋で食べ、空っぽになった食器だけがまた部屋の前に置かれるというシステムである。引きこもりの自虐ネタか何かで似たような話を読んだことがあり、やり方が万国共通なので感心したことを覚えている。

ところがそんなマリオには、ただひとつだけ悪い癖があった。夜中に食い散らかすのである。

ぼくはときどきカレーを作るのが好きだった。といっても、街中のアジアンマーケットで日本のカレールウを買ってきて、適当に材料と混ぜ合わせるだけなのでたいした話ではない。ともかく、普段は家族皆と同じ食事をしていたのだが、ときどきカレーが食べたくなると勝手に調理して食べていた。もちろん、家族から要求されれば振る舞ったし、おおむね好評でもあった。

だが、問題はマリオである。市販のカレールウを一箱使って、パッケージによれば8食分のカレーを作り、夕飯にせいぜい2食分くらいを僕や家族が食べ、次の日にも十分食べられるくらい残して床に就くわけだが、朝起きるとすべて無くなっているのだ。一晩寝かせたカレーのほうがおいしいのに、一晩経つとカレーがない。夜中に起きているのはマリオしかいないので、犯人はマリオ以外にあり得ない。そして運良くマリオと遭遇した折にカレーについて聞いてみると、「おいしかったからまた作ってくれ」などと言うのである。いや、いいけど。いいけど全部食べないでくれ。

そんなわけで、ぼくがカレーを作るたびにこの悲劇は繰り返された。カレーを一晩寝かせようとすると消滅している。あるとき、「一晩寝かせた方がおいしいので明日まで残すこと。ラザニアと同じ」とメモ書きを残して食い散らかしを阻止しようとしたことがある(余談だがラザニアも一晩寝かせたほうがうまい)。次の朝、緊張して鍋のフタを開けると、こぶし大ほどのカレールウが残されていた。結局9割食ってやがる。でも憎めない。マリオは憎めない。笑顔でおいしかったとか言うから。マリオ、元気にしてるかな。相変わらずニートやってるんだよね。