ナポリを見たら死ぬ

南イタリア、ナポリ東洋大学の留学記。なお実際にはナポリを見ても死ぬことはありません。

ホームステイ先のマンマが浮気して夫婦仲が崩壊したけどニートの長男が繋ぎ止めている話

 

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 かつてぼくがローマにホームステイしていたとき、ステイ先の家族は長男はニートであったが、それでも当初は幸せな家庭だった。

夫ファビオ、妻エレナはともに60歳手前、すでに長く連れ添っていながらも夫婦仲は愛に溢れていた。ファビオは仕事柄、月の半分ほど出張で留守になるのだが、出発の際には「愛してるよ」などと言い別れのキスをして仕事に向かうのだった。もうすぐ還暦を迎えようかという夫婦が行ってらっしゃいのキスなんてしないでしょ。ローマに着いて間もないぼくは、イタリア人夫婦の愛の絆に心打たれたものである。

ところがあるときから様子がおかしくなり始める。エレナが一言でも声を発すると、即座にファビオが「うるせえ!」「静かにしろ!」などと声を荒げるようになったのである。行ってらっしゃいのキスはなくなり、ただのDVが行われるようになった。さすがに身体的な暴力が振るわれることはなかったが、言葉の暴力でもDVはDVだ。

たしかにエレナにしても、しょっちゅうローマ弁でブツブツと独り言を呟いており、うるさいかうるさくないかで言えばたしかにうるさかった。ほんのちょっとでも小雨が降れば「ま〜た大洪水ね、もううんざり」などと嘆き始めたりするなど、いちいち大げさなところもあった。とはいえそれはそれで面白いものだっただけに、ある頃から「黙れ!!」「おれは静かに死にたいんだ・・・」などとファビオがキレたり嘆いたりするようになったのは全くもって謎であった。おまけに、エレナが外出先からファビオに電話すると、「電話かけてくんな!!」などと言ってすぐに切ってしまうのである。大事な用だったらどうするんだろう。ひどすぎる。まあ、エレナはとりあえず声を聞くためだけに電話するみたいなところもあったけど。ともかく、話題が話題だけに、ぼくも割り込んで余計な面倒を起こせない。

しかし、しばらくそのような状態が続いたあとで突然その真相が明かされる。あるとき、ぼくはファビオとともに海へ行ったのである。その帰り道、ファビオが運転する車で彼は友人と電話し始めた。細かいことだけど運転中に携帯で話すのはだめだからね?ともかく、その電話中にエレナのことが話題に上がる。「あいつ、フェイスブックの猫の飼い主グループで知り合った男のところに行きやがったんだ」。え?もしかして浮気?「それで、そんな気はなかったって言ってたけど、その男とキスしたらしい」。エレナの浮気かよ。何やってんだ。妻の浮気でファビオは深く傷ついてしまったんだろう、夫婦仲は崩壊してしまった。でも暴言はだめ。

それでも二人は深いところでは繋がっていると見受けられることがあった。それはニートの長男の話をするときである。エレナは長男の行く末にはかなり楽観的で、「あの子は英語もできるし、やろうと思えばすぐに仕事も見つかるでしょ」というスタンスなのだが、ファビオは「あいつは大学にも行ってない、もう五年も何もしてない。どうするんだ」などとそこそこ心配しており、ときどきその不安を口にするのである。そのときだけは夫婦間にまともな会話が持たれる。ニートの長男が彼らを繋ぎ止める絆なのである。逆に言えば、彼が自立したら二人の間はもう持たないかも知れない。長男よ、このままニートを続けてくれ。